まりってどんなひと?

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こんにちは。強がり卒業カウンセラーのまりです。

私は現在、世の中の強がりさんたちが今よりもっと生きやすく、あたたかな人生を歩むことができるように、さまざまなサポート活動をおこなっています。

この活動をおこなっているのも、今までの24年間の経験がすべてつながった結果だと思っています。

この記事では私がこれまでどんな人生を歩んできたのか。くわ〜しく書いていきますね!

まりの性質

まず、私の性質から簡単に説明します!

強がり

現在の活動を行うようになった原点にあるものです。

高校生のころから、自分が強がればまわりに迷惑をかけなくて済むので、強がることはすばらしいことと本気で信じていたのです。でも強がれば強がるほど、心がどんどんすり減っていくのを感じました。

・悩みがあっても相談できる友人がほとんどいない
・家族には心配をかけないように平気なふりをしてしまう
・恋人に素直になれずほんとうのきもちを隠してしまう
・職場で困っていても人の力を借りることができない

このように誰にたいしても強がってしまっていたので、いつも心によりどころがない状態でした。

このあとくわしく出てきますが、それから色々とあって現在は強がりを卒業することができました!

強がりといえば、まり!』と思ってもらえるような存在になりたいと心から思っています。

繊細

あまり知られていない言葉かもしれませんが、『HSP』という『人一倍、敏感で繊細な人』という意味を持つ性質があり、私もこれに当てはまります。

※『HSP』とは:Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)

光・音・匂いなどの五感が受けとる刺激に人一倍敏感だったり、他人の感情や顔色の変化も敏感に察知しすぎてしまったりと、ものすごく生きづらく、疲弊しやすい性質です。

HSPとうまく付き合うためには、苦痛に感じるものをできるだけ減らし、身の回りの環境を整えることが自分を守る方法だと私は思っています。

『HSPだからだったんだ!』私が24年間ずっと生きづらかった理由

2018.05.05

恥ずかしがり

もともと目立つのは苦手なタイプで、大勢の前で自分の考えを主張することなどは避けていました。

ですが、このブログなどの発信活動をとおして、徐々に自分を表現することへの抵抗がなくなり、今ではだれかの役に少しでも立つなら自分が持てるすべてのことを伝えていこうと思えるようになりました。

でもやっぱり根は恥ずかしがりなので、今も勇気を出して(ときには泣きながら)発信することもあります(笑)

頑固 / 意志が強い

家族や親しい友人など、私をよく知る人からはたいてい「頑固だね。」と言われます。

よくいえば、意志が強いってことですよね!(笑)

一度自分で決めたことは絶対に曲げないです。

自分の強みだと思っていますが、ときにはまわりが見えなくなってしまったり弱みにもなりかねないので、気をつけています。

やさしい(笑)

うれしいことに、接する人ほとんどからやさしいと言ってもらえることが多いです。

強がりを卒業して自分に余裕が出てからは、さらにやさしさを持てるようになったなと自分でも感じています。

やさしさに終わりはない!無限に届けつづけるぞ〜!

生まれて〜幼稚園まで

私の人間性をざっと説明しましたので、次は一緒にまりの人生を振り返ってみましょう!

港町、宮城県気仙沼市で生まれ、毎日おいしい魚を食べて育ちました。家族構成は父・母・2つ上の姉です。

幼少期の私はぽっちゃり体質で、せっかく遊園地に行っても乗り物などに興味を示さず、ずっと寝ているような子どもでした。内気でつねに姉のうしろに隠れていました。

小学校〜高校まで

小学校では姉と一緒にバレーボールの少年団に入り、練習や試合に明けくれました。そのおかげで、ぽっちゃり体質や、内気だった性格が改善され、人並くらいには活発になりました(笑)

中学校では心機一転、ソフトボール部に入部。

小学校でも中学校でも、副キャプテンのポジションで、チームの団結のために頭を悩ませるようなやたら責任感が強いタイプでした。

さらに中学校では、『勉強をした結果は自分を裏切らないこと』を知り、勉強も好きになりました。得意科目は英語・国語。自分で言っちゃいますが、文武両道を頑張るとても真面目な子だったと思います(笑)目立つのは苦手でひっそりと過ごすタイプでした。

その後希望の高校に入学し、今度はバレー部に入部。部活に勉強に恋愛に、青春時代を送っていたそんなとき。

高2の終わりに東日本大震災が起きました。

【2011.3.11東日本大震災】当時高校生だった私のリアルな経験談

2018.02.16

地元気仙沼市は地震の後に発生した津波・火災により甚大な被害を受けた地域。さいわいなことに私の家族は無事でしたが、人生でもっとも恐ろしく、つらく悲しい出来事でした。

あたりまえの日常や、生まれ育っただいすきな町がたった一日でガラリと変わってしまい、ほんとうに絶望的でした。あの日の感覚は一生忘れないと思います。

しかし、私の場合失ったものだけじゃありませんでした。

震災後、気仙沼市には多くのボランティアや視察者などが訪れ、そのなかで私の人間性を大きく変えてくれた団体との出会いがあります。その代表の方との出会いで私は、行動することの大切さを目の当たりにし、「行動する人間になろう」と思うようになりました。「震災を経験した自分だからできることがあるはず!」と使命感を感じたのです。

与えられたものを真面目にこなすだけじゃなく、自分にだからできることはなにかという意識を持つようになったのは私の中でとても大きな変化でした。

このようなプラスな変化を受けて、「ネガティブな出来事をポジティブなものに変えるのは、ぜんぶ自分次第」と思えるようになりました。

【出会いで人は変わる!】東日本大震災が人生のターニングポイントに

2018.02.23

 大学生活

その後は宮城県の大学に進学し、おなじ想いを持つ仲間と一緒に学生団体を立ち上げ、震災の発信活動を行いました。

『震災から得られる学びをとおして、若者の意識を改革する』ことを目指していました。

主な活動は、被災地ツアーの企画・運営など。大学4年間の活動を通して、

  • 自分の意思で行動を起こすこと
  • 同じ想いの仲間とチームを組み切磋琢磨すること
  • 自分たちの企画に参加してくれる沢山の素敵な人達と出会えたこと
  • 参加者が変化していく姿を見ることができたこと

など、数え切れないものを得て今の私の大切な財産となっています。

社会人1年目

そして、就活でひとめぼれして、ほぼ一社に絞って選考に進んだ人材系広告代理店に営業職として内定をいただき、2016年4月に上京しました。

憧れの会社に入社できたことがうれしくて「これから頑張って働くぞ!」と、入社当時かなり意気込んでいましたが、半年で鬱になり1年で退職。

まさか自分が・・というきもちでした。

会社にいるときは頭が異常なほど痛くなって、38度くらいの発熱状態になりぼーっとしたり。集中力や思考も衰え、仕事が進まなくなりました。プライベートでも過眠の症状で一日中寝てしまったり、好きなこともなにも楽しめない状態でした。そして、日々全く笑えなくなってしまいました。

【心も身体もボロボロ】私の鬱時の症状をまとめました。

2018.04.07

軽度か重度かで言ったらもしかすると軽いほうだったのかもしれないけど、当時は身も心もほんとうに限界で弱り切っていました。そんなに前のことじゃないのに記憶がほぼないです。

会社が悪い会社だった訳じゃ全くありません。むしろ辞めた今でもとても良い会社だったと思ってるし社員の皆さんのことも大好きです。

そんな環境の中なぜ鬱になってしまったのか。今思うとお得意の『強がり』のせいだったと思います。

憧れが強かったからか、会社にいるといつも緊張でガチガチでした。そして分からないことがあっても、忙しい上司に遠慮して「大丈夫です」と強がり続けていたことが自分を苦しめていたのです。

このままじゃ危険だと悟り、会社を辞めることを決意しました。

【22歳新卒で入社後、半年でうつ状態に】強がって上司に頼れなかった毎日

2018.02.26

表向きな退職理由は、前向きなものを伝えたので、明るく見送られています(笑)ストレスでふっくらしてますね。

そしてなんとか心に余裕がでてきた頃、震災から学んだ「ネガティブな出来事をポジティブなものに変えるのは、ぜんぶ自分次第」という考えのおかげで、自分がどん底まで弱った体験をどう生かすか考えるようになり、この頃からカウンセラーになることを本格的にこころざし始めました。

社会人2年目

ご縁があり、その後2017年4月。一旦、全く無知な業界(不動産系)のベンチャー企業に営業として入社。社長と2名体制で営業していました。

入社当時、私を含めて5人というとてもアットホームな環境だったので、前職で感じていた緊張感は払拭でき、働く環境は問題ありませんでした。そのおかげで、身も心もほぼほぼ回復に近づきました。

そこで9ヶ月後の2018年1月、猛スピードでこちらも退職。

この会社には将来的にカウンセラーとして独立するために、業界は全く違うけど、経営者の側で経営を学ばせていただくという話で入社しましたが、「なんか遠回りだな」と感じ、最短距離でカウンセラーになりたくて仕方なくなったので、辞めることを決断しました。

元気になったことで、カウンセラーとして挑戦するエネルギーが備わったのだと思います。

【とりあえず3年…?】社会人2年目(23歳)にして、2度目の退職!

2018.02.28

社会人3年目にして、すでに2社退職をしているのはなかなか珍しい人間だと思います。まわりの目も人一倍気にするタイプなので、葛藤もありました。

でも2社経験した2年間で、かなり多くのことを学べたので、私は満足しています。

カウンセラーとしての活動を開始!

そして、2018年1月。カウンセラーとして活動を開始しました。

鬱をきっかけに、「もうこれ以上強がっちゃダメ」という自分からの精一杯のメッセージを受けとった私は、その後自分の心と必死に向き合い、そのなかで心理学の本をたくさん読んだり、コーチングを受けたり、スクールに通ったりと、心のしくみや人間関係の築きかたについても理解を深めていきました。

その結果、今は人間関係にも恵まれ、心も身体も元気な状態になり「強がりを卒業した」と胸を張って言うことができます。

この経験を以前の私と同じように苦しむ人たちに共有していきたいのです。

そしてカウンセラーとしての活動を始めてから、約一年後の2019年2月に『強がり卒業カウンセラー』として、強がりさんのサポートに的を絞り活動をしていくことを決めました。

なにより私が今活動ができているのは、震災から学んだ

  • 自分だからできることはなにか考えて行動する
  • ネガティブな出来事をポジティブなものに変えるのは、ぜんぶ自分次第

という価値観に背中を押されているからです。大切な故郷が教えてくれたこの学びを胸に刻み続けていきたいです。

私が心理カウンセラーを目指した理由

2018.03.03

どんな記事を書いていくの?

仕事関連・家族関係・人間関係・恋愛など様々な場面での悩みごとや、気づき、解決法。

他にも詩・音楽・健康など、幅広く書いていくつもりです。

皆さんにとって少しでもプラスになることを発信できれば嬉しいです。

ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございました!

強がり卒業カウンセラーのまりをどうぞよろしくお願いいたします!

まり

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5 件のコメント

  • こんばんは。
    突然のコメント失礼します。
    tkcと申します。
    なにか自分に似た境遇だと感じたので、ついコメントしてしまいました。
    私は現在会社を適応障害で休職中です。
    私もこういった状況の中でカウンセラーになりたいと思っています。
    なにか色々とお話してみたいので、仲良くしてくれたら嬉しいです。

    • tkcさん
      コメントどうもありがとうございます!
      似た境遇ということで分かり合える部分が沢山ありそうですね。
      お互いに自分を最大限に生かしたカウンセラー目指していきましょう。
      ぜひ仲良くさせてください!

  • 仙台でHSPあるあるで共感できる方と出逢えたら嬉しいなぁと思っていました。ポジティブさには欠けますが、行動力はあります。ネガティブにもんもんとしているのでネガもんかも(笑)40代子育て主婦です。東京や大阪では、結構集まりがあるみたいですが、仙台はなくて…HSPのためのお茶できないかなぁ~と思っています。

    • もんさん
      コメントありがとうございます!ネガもん、とても愛らしいです。ぜひHSPあるある、お話したいですね(^^)
      残念なことに私も今は東京にいるのです。
      帰省することはあるので、ぜひ仙台でお茶会やりたいですね!

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    ABOUTこの記事をかいた人

    強がり卒業カウンセラー。24歳。 誰にたいしても強がるクセのせいで生きづらすぎた人生。うつをきっかけに自分を見つめ直し、約10年苦しんだ強がりを卒業。 現在は自身の経験を生かし、生きづらさに苦しむ強がりさんのサポートを行っている。 オンライン・対面(東京)カウンセリング募集中!