【出会いで人は変わる!】東日本大震災が人生のターニングポイントに

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こんにちは。ぽじもじカウンセラーのまりです。

前回は、地元宮城県気仙沼市で高校2年生の時に経験した東日本大震災のリアルな話を語りました。

▼その記事がこちら

【2011.3.11東日本大震災】当時高校生だった私のリアルな経験談

2018.02.16

今回はその続編として、東日本大震災が私にもたらした出会いやその後の変化について書いていきます。

東日本大震災後の出会い

私の母は、震災後に始まった地域の情報を発信するラジオ番組でパーソナリティーのお仕事をしていました。

ラジオを収録している母の仕事場に「すみませーん!ちょっと喋りたいことがあって来ましたー!」とやってきたのが彼。Yさん(当時28歳)。

もともと関東出身のYさんは、震災当日も東京で生活していました。

Yさんは以前、大学時代の取組みでたまたま気仙沼に訪れた際、すごくお世話になった気仙沼の方がいてその方とはその後も年賀状のやり取りをしたり関係が続いていたそうです。そんな時に東日本大震災が起こり、いてもたってもいられず東京から飛んできたという経緯。

震災直後から気仙沼入りしたYさんは、その後仲間と一緒にボランティア活動を始めます。そして2011年9月頃、ある宣伝をしに母のいるラジオ局に訪れたのです。

何度かYさんと一緒に仕事をした私の母は「あんた、暇なら卒業までの間、彼の活動に一緒に着いて回ってみたら?すごい社会勉強になると思うよ。面白い人だよ~」と言ってきてYさんを紹介してくれました。

それからYさんも活動がある度に、声をかけてくれるようになり私は着いて行ってみることにしたのです。

それからは

  •  毎月11日の追悼の意味を込めたキャンドルセレモニー
  • 仮設住宅に住むおじいちゃんおばあちゃんや子供達との交流

など色々なものに参加させてもらいました。

自分の経験を発信することの大切さ

その中でも1番印象に残っているのが関東・関西の大学生達との交流会。

この交流会は、「被災地を自分の目で確かめたい!」という思いで被災地を訪れた大学生達を案内するというYさんの取組みの一環で、現地の人の生の声を聞くコーナーとして、私は彼らにお話する機会を与えられました。

震災からちょうど1年後の3月でした。

人前で話すのが苦手で、しかも大学生と接する機会なんて全く無かった当時高校生の私は、不安で仕方なかったですが半ば強制で話すことに(笑)

私含め3人の高校生が20~30人程の大学生の前で、当時のリアルな体験を話しました。

「私は被災地の中でも、家も家族も無事で被害は少ない方。そんな私の話でもいいのかな?」と正直自分の話に自信はありませんでした。

それでも自分の経験を忠実に話していると、「おや?なんかすごく聞き入ってくれているぞ?」と驚いたのです。

話終わった後も「実際に対面してる人から話を聞くと、テレビを通しての情報よりすごく胸に響いたよ。聞かせてくれてありがとう。」と沢山の人達が声をかけてくれました。

自分の経験を話したことが、東日本大震災を自分ごとにしようと思ってくれている人達にとって意味のあるものになったんだと思うと純粋に嬉しかったのをよく覚えています。

これを機に私は「自分の経験を発信すること」の大切さを知ったのです。

ネガティブをネガティブで終わらせない

また、この頃から「震災というネガティブな経験を、ネガティブなこととして終わらせてしまったら、私は気仙沼に生まれたことも一生恨んだまま過ごすことになるのか?」そんな疑問を持ち始めました。

そして出た答えは

「私は故郷の気仙沼が大好きだから、ここで生まれて良かったと誇りたい。だから、この出来事を何かプラスの方面に変えていこう!」でした。

そして、震災の経験をプラスに変えるため自ら行動を起こすようになります。

大学入学と同時に東日本大震災を発信する学生団体を立ち上げる

それから、「震災の経験を発信したい!」という想いに共感してくれた友人と4人で意気投合し学生団体を立上げました。

当時の活動は

  • 外部での震災経験の発信活動
    → 関東の大学での講義や、イベントでのブース出展などを通して震災経験を発信

 

  • 海岸ゴミ拾い
    → 津波被害に遭った海辺のゴミ拾いをし、その後海辺にブルーシートを引いて被災地についてみんなで考える活動

 

  • 五感で感じる被災地ツアーの運営
    → 被災地を目で見て、食を楽しみ、現地の人との様々な交流を通して被災地を感じる泊りがけのフィーリングツアー

など、被災地を感じてもらう取組みに力を入れていました。

誰かの価値観に影響が与えられた喜び

活動を通して、全国色んなところからの人が被災地に足を運んでくれました。

そこで感じたのは、被災地の持つ力はすごいということ

現地で人々が受けた悲しみや苦しみ、自然の脅威、そして全てを乗り越えて前向きに頑張る力強さ。

そんな様々なエネルギーが漲っている場所。

そんな場所でツアー等を運営していると参加者の皆さんが色んなことを感じ、それを自ら発信し、普段は表に出てこない熱さなんかも出てきたり。

そんな皆の姿を見るのが本当に好きでした。

誰かの価値観や人生観に少しでも、プラスな影響を与えられることが私にとって喜びなんだと感じました。

4年間の活動を通して

最初はYさんに着いていくだけだった私がいつの間にか、自分から行動をするようになっていました。私にとってこれは大きな変化。

そして同じ想いを分かち合える仲間との最高なチームワークも体験できました。

さらに、自分たちの活動に参加してくれる沢山の人たちとの素敵な出会いや、価値提供ができた喜びも感じ、十分すぎるくらい沢山のことを得られた4年間でした。

ちなみに

私たちは大学卒業と同時に団体を解散。今はそれぞれの道を歩んでいます。近々4人でまた集まることができれば記事にしたいと思います。Yさんとも最近はあまり会えていないので、Yさんと会ったらそれもまた記事にしたいな。

以上が私のターニングポイントとなった東日本大震災の経験です。

では最後に、ひとつ言いたいこと。

まり
気仙沼に生まれて良かった~!!

 

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